放送朝礼 10月28日

私がサレジオに来てから6年が立ちました。今の高校3年生が中学一年のときです。あのとき、保健の授業で性教育をした時、「俺はこれだけは得意」と叫んで帰っていった彼らが、もう卒業なんだなと思うと、寂しい思いです。今日の宗教朝礼は、そんな3年生に最後何が伝えられるかと思って考えました。
私は、お金や名誉の価値について話したいと思います。私は昔、立派になって出世して金持ちになりたかった人間です。それも正しいと思いますが、今は少し違う思いです。前と少し重複することもあると思いますがきいてください。

私が社会人一年目の時、東京の新橋のサラリーマンでした。建築業界の新聞社で働いていました。新橋の近くには銀座があり、夜はきらびやかで近くのビルはびっくりするほど高く、田舎者の私は、すぐにそんな世界に憧れました。給料で買ったものは、高価な時計やブランド物のスーツ。近くの大きなビルを見て、この中で一番出世したらさぞすごい光景だろうと思っていました。しかし、ある時三菱の大きなビルに取材に行った時です。その大きなビルから見下ろした風景が衝撃でした。人がうじゃうじゃ下で歩いていて、蟻のようでした。その時私は自分が恥ずかしくなりました。服装ばかりカッコつけてもどうせ自分は社会の小さな小さな蟻だと。そしてこうも思いました。「私は偉そうに人間を蟻だと思うような人間にはなりたくない」

そんな時、実家に帰ったら、祖母が介護で全く喋れなくなり身辺整理をしていました。すると、私が大学時代の少ないバイト代で買った服がきれいに出てきました。なんだ着てくれなかったのかと思ったのですが、実際は違いました。近所の人にあとから聞いたのですが、「孫が帰ってきて服を買ってくれたのだ」と自慢げに言っていたそうです。大正生まれの質素な祖母が手にした小さな宝物を、祖母は使うこともできず、大切に取っておいたのです。私からすれば、もっと高くてもっと良いものを買うことが今ならできますが、そのときにげた服の価値にはかなわわないかもしれないと思いました。

最近はこんなことがありました。体育祭で万国旗が何年も使われてボロボロだったのをみた私は、「早く買い替えたほうがいいな」と思いました。しかし体育祭が終わったあと、こんなことがありました。その万国旗に、野田先生がアイロンをかけていたのです。万国旗が地面落ちて、汚れていたのをI先生が発見して、洗ってもう一度使えるようにしていたのです。私は、シスターが紙の一枚まで大切にしていたことを思い出しました。B5の紙は、B4を印刷して半分に切ります。みなさんのB5の紙が、もし切れたあとがあるなら、先生がそんなもったいない精神を引き継いだ証拠です。私は、「新しいものを買えばいい」と思った自分を恥じました。シスターが紙の一枚まで大切にしていたのに、自分の食べ物も食べずに子どもたちに与えていたのに、今私はソ連の国旗なんかないのにと思いながら捨てれば良いと思ったのです。

皆さんの母校になるサレジオは、どんな学校でしょうか?皆さんならどんな学校だと紹介しますか?たとえば私はこんなことを言いたいと思います。「お金ではわからない価値を感じる学校です」

もう一度杉田シスターが生徒に一番伝えたいことをみなさんに申し上げます。「立派な大学やお金ではなく、誠実な人なら必ずあなたを助けてくれる人がいる」。皆さんの将来はどんなことがあるかわかりません。でも、この学校で誠実さを感じることができたななら、胸を張って社会に飛び出てほしいと思います。

最後に、3年のエグゼの皆さん、受験シーズン頑張ってください。私も、教員もお祈りしています。だめならどうしようなんて考える必要はありません。誠実に頑張った皆さんを、先生方はもう誇りに思っているのです。