宗教朝礼 4月 7月(家族について)

HP用 宗教朝礼4/10

 

 皆さんは、「家族」と聞くと、どんなイメージが思い浮かびますか。お父さんやお母さんですか。それともおじいちゃん、おばあちゃん、兄弟、姉妹ですか。先生は、中学生の頃、親元を離れて寮生活をしていました。長崎の実家を離れ、都会で過ごす日々はやはり寂しく、電話をするにも当時は遠距離通話は料金が非常に高かったので、せっせと手紙を書いていました。家族から電話や手紙が来ると、本当に嬉しかったことをよく覚えています。LINEやフェイスタイムがなかった時代ならではの感慨かもしれませんね。夏休みや冬休みの帰省が楽しみで、寮の食事から解放され、母の温かい手料理を家族と談笑しながら食べられるのが何よりの喜びでした。家族のありがたみは、離れて初めて分かるものだと、中学生の頃に身に染みて悟りました。

さて、サレジオの創立者ヨハネ・ボスコはというと、2歳の頃にお父さんを急性肺炎で亡くしました。お父さんの遺体から離れようとしないヨハネを見て母マルゲリータは涙を流し、ヨハネも泣いたと自叙伝に描かれています。それでも母は前を向きました。女手一つで父親役と母親役をこなし、謙遜で強くたくましい男の子を育て上げたのです。そして成長したドン・ボスコは時代から取り残された貧しい青少年の父となり、サレジオ会を創立して、今も全世界でその精神に基づいた教育がなされているのです。お父さんを2歳で失ったドン・ボスコは、家族の大切さをよく分かっていましたが、血のつながりだけが家族の証しなのではなく、むしろ血のつながりを超えた家族的関係があることを知っていました。だからこそ、サレジオの基本理念の中核に「家庭的精神」を据えたのです。それは、いつも信じて待ち、希望を忘れず、厳しさと温かさを兼ね備えるマンマ・マルゲリータの姿から学んだものでした。

さて、今年の全世界のサレジオのストレンナは、We are FAMILY!  Every home a school of life and love ~私たちは家族!“家族”は命と愛の学び舎~ です。家族とは不思議なもので、どの子も親や兄弟を選べませんし、親も子を選べません。親子の関係というものは私たちの自由意志とは全く無関係の、神様から与えられるものなのです。その不思議なご縁の中で、私たちは日々家族であると同時に、家族になっていくのです。さらに、今、ここサレジオに集う私たちも、神様のお導きによってドン・ボスコの家族の一員となりました。与えられたものを喜んで受け取ることができる人は、人生をより豊かに生きることができます。ぜひ、この一年、感謝を忘れず、共に支え合い、励まし合いながら、一歩ずつ進んでいきましょう。時には喧嘩や誤解などがあるかもしれません。苦しいことや辛いこともあるでしょう。それでも信じ、希望し、許し合えるのが家族です。私たちサレジアンファミリーのこの一年を、神様が豊かに祝福してくださいますようにお祈りしましょう。

 

宗教朝礼(7月3日)

 

 今年のストレンナはWe are Family!ということで家族がテーマですが、先日、家族について考えさせられるニュースが飛び込んできました。622日の小林麻央さんの訃報です。享年34歳、早すぎるお迎えでした。「自分がもし闘病生活になったら、こんなにポジティブに生きられるだろうか?」小林さんの前向きなブログを読むたびに、心底驚かされてきました。最後のブログはこうでした。「ここ数日、絞ったオレンジジュースを毎朝飲んでいます。正確には、自分では絞る力がないので、母が起きてきて絞ってくれるのを心待ちにしています。今、口内炎の痛さより、オレンジの甘酸っぱさが勝る最高な美味しさ!朝から笑顔になれます。皆様にも、今日笑顔になれることがありますように。」闘病生活の辛さの中で、家族との別れが近い悲しみの中で、どうしてこうも明るく、感謝することができ、他者のことを想えるのでしょうか。彼女自身の円熟した人格、そして彼女を取り巻く家族や友人とのかかわり方が、よく生きるってこういうことなんだと教えてくれます。

 二人のお子さんへの感謝に満ちたブログも紹介したいと思います。「小さな子供の心って本当に純粋だと思います。何の先入観や経験、知識からも私の状況を測ったりしないのです。ただ、ママは今はずっと体調が悪くて、ただあとは、ママは元気になるだけ。だから今の状況も、『今はそう』と受け止めてくれています。痛みのシートに、私がやりたい!と代わりに真剣に書きこんでみたり、車椅子もママの大切な乗り物として迎えてくれたり、飾り付けで華やかにしてくれたり。優しさとともに、この状況さえ色々な楽しいアイデアで受け止めてくれています。みんなのおかげです。本当に皆様のおかげです。子供の強さは、本当に強いです。」というブログです。どんなに辛くても、そばにいて、自分ができることを探してくれる子どもの存在が、小林麻央さんの救いだったことは確かでしょう。「短い命ではありましたが、最高の出会いを頂き、私は人生を全うできました。」天国の彼女は胸をはって、神様にそう報告していることでしょう。

 翻って、私たちはどうでしょう。家族や友人、そして自分自身を大切にできているでしょうか。神様の前で胸を張れる生き方ができているでしょうか。短くともキラキラ輝く命もあれば、錆びついた日常を惰性で生きる命もあります。もしも愚痴ばかり、人のせいにしてばかりの毎日なら、ちょっと立ち止まってみましょう。オレンジジュースのおいしさ、家族の有り難さ、子どもの純粋さに、目を留めてみましょう。それは決して、当たり前ではありません。イエス様は仰いました。「自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国で一番偉い」と。先入観も偏見もない幼子のような純粋なまなざしが、私たちの日常を天国にするのです。多感な思春期だからこそ、曇りなき眼で物事と人生の本質を探してほしいものです。それでは今日も一日、与えられた命を精一杯生きることができますように、お祈りいたしましょう。