放送朝礼 2月15日

おはようございます。今朝のお話は、Nが担当します。

毎月、世界中のサレジオ家族に届けられる、サレジオ会のフェルナンデス総長からメッセージの一部を紹介します。みなさんすでにご存じだと思いますが、サレジオ会は133か国、サレジアンシスターズは94か国、と世界中で活動しているので、世界中に姉妹校、兄弟校があります。ただし、学校といっても私たちと同じように立派な校舎や設備の整ったところで大学進学を目指している生徒ばかりではありません。むしろドン・ボスコやマリア・マザレロがかつて貧しい少年・少女の教育に当たったように、発展途上国や、貧しい地域で幅広く活動しています。各地のサレジオ家族を視察訪問した総長は「主よ、私が驚くことをやめず、現実に慣れることがないよう助けてください。」と毎日のように祈るのだそうです。『驚くことをやめず、現実に慣れることがないよう』とはどういうことかというと、フェルナンデス総長は訪問した100以上の国で、信じがたいほど痛ましい子どもたちや青少年の現実をたびたび見聞きしてきたからです。

例えば、南スーダンの難民キャンプでは、夫が亡くなったり、行方不明になったりしている何百人もの女性たちがお金も頼る人もなく子どもを育てているそうです。そこにサレジオ会の神父様やブラザーたちが寄り添いながら支援活動をしています。またコロンビアでは、革命軍の少年兵・少女兵にされていた若者たちがゲリラから救出されて、サレジオ会の家で勉強を再開し、今では笑顔を取り戻し、希望を持って生活しているそうです。他にも、路上生活から救い出されて立ち直ろうとするアルゼンチンの子どもたちや、戦争のために町が70%も破壊された中で生きているシリアの子どもたちの話などがメッセージにはたくさんつづられていました。そうした危険と隣り合わせの過酷な状況の中で、サレジオ家族のシスター、神父様、先生や学生ボランティアなどの協力者たちが、時には命がけで懸命に奉仕する姿を見るたびに、フェルナンデス総長は驚かれるのですが、同時に多くの現実に慣れてしまうことへの恐れを感じるのだそうです。

私たちもそうした経験がありますね。たとえば、コロナウイルス感染症の死者数について、ただ数字に関心が向くだけになりがちです。背景には数多くの痛ましい話、感動的ないのちの物語があるのに無感覚になってきます。総長は世界中の苦しんでいる人を知って心を痛めるのをやめたくない、私たちには何もできないと考えることに慣れてしまいたくない、とおっしゃるのです。つまり総長は私たちにもそうあってほしい、と呼びかけているのです。周りを見回して下さい。寂しそうな友達がいても「ああまたか」と気にしないでいたり、気づかないでいたりすることはありませんか?コロナに感染した人への誹謗中傷や、貧しさにあえぐ外国人労働者のニュースを聞いても何も感じなくなっていませんか?・・・傷に触れられるときの痛みに敏感であるように、すべてのことに対する敏感さを持ち続けましょう。そして人の痛みを我が事のように感じたら、それを取り除くために何かアクションを起こしたいものです。関心を持つ、耳を傾けて話を聞く、そばに寄り添う、微笑みかける、挨拶をする、それだけでもいいのです。

さあ、今週は定期考査のことで頭がいっぱいで、自分のことしか考えなくなってしまうかもしれません。でもどんな時も、困っている人や悲しんでいる人のことを気遣えるサレジオ生であって下さい。では立って祈りの姿勢をとりましょう。私たちがやさしい思いやりの心を持ちながらも、テストに向けて精いっぱい自分の力を出し切れるよう、お助けを願って祈りましょう。