放送朝礼 2月22日

ミドルのNです。丁度、10年前の3月のことでした。私は東北を自動車で進んでいました。2011年3月11日に東日本大震災が起こった直後です。実は妻の両親が宮城県の白石というところにおります。山間部でしたから、幸い津波の被害には遭いませんでしたが、10日間ほどライフラインが止まり、難渋しておられた。そこで両親を山形の温泉宿に招待しようということになった。その旅館での夜の話です。私は夜、目が覚めて、突然に怖くなった。自分もやがて死ぬことが怖くなったのです。生と死とが交錯している被災地の夜、素人なりに病名を付けると、パニック症候群だと思います。その感覚を今でも忘れられない。自分が死ぬことが怖くなった。

私には娘が二人おります。次女は今年、リモートばかりだった大学1年生です。その娘が中2の時、こう申しました。「自分は死ぬことは怖くはない。でも、自分が死んで、この世界がなお続くということが怖い」。

死への恐怖。それは400年前のフランス人、ブレーズ・パスカルと言う人もそうでありました。パスカルについて。彼の実験から気象の気圧の単位はヘクトパスカルとなっている。Y先生のミドルの数学の板書で「パスカルの三角形」と記されていた。このパスカルが『パンセ』という書物を書き遺す。永遠の書物です。「人間は一本の葦にすぎない…それは考える葦である」(ラフュマ版200版、以下Lとする)という有名な言葉も『パンセ』からの言葉です。彼はこうも語る。

<おかしいものだ。わたしたちは、自分たちと同じ人間の交わりの中でなら、のんびりと安んじられるのだから。かれらも、わたしたちと同じように悲惨な者であり、わたしたちと同じように無力な者なのに。かれらはわたしたちを助けてはくれないだろう。死ぬときはひとりだ。>(L151)。

「死ぬときはひとりだ」。ぎょっとするような言葉です。そしてこうも語る。
<わたしたちは、なんの気がかりもなく断崖の中へかけ込んで行く。断崖が見えないように、なにかで目かくしをしてから。>(L166)
もちろんこの断崖とは、死という崖です。どうしてそこに駆け込むことができるのか。それは、眼隠しをしているからだという。この目隠しとは、パスカルの有名な気晴らし論に続くかもしれません。人間の姿とは最後には死に向かうしかない悲惨な姿である。それを見たくない。そこで人間は気晴らしをして生きていると言うのです。

学校教育においては、そして受験においては、時間の管理は決定的に重要でしょう。だからカレッジではフォーサイトタイムがある。ただ、我々は慣れれば自分のタイムスケジュール帖の管理は何とかはできる。しかし悲しいかな、人生のタイムスケジュールの管理は許されてはいない。死は突然にやってくる。9SのS君に申し上げたい。死とは厳粛な事実なのです。

もうだめです。もう時間がない。語る時間が残されていない。

私事で恐縮です。実はこの1月で還暦を迎えた。9SのYNさんと同じ誕生日。S先生の奥さまもそうらしい。ただ私だけが60歳の誕生日。定年となり、還暦を迎える赤い赤いチャンチャンコの老人がこの私となってしまった。これにはぞっとする。私には本当に時間がない。この放送朝礼の時間ももうない。だから、「信仰は負けない賭けである」という有名なパスカルの信仰論、そしてイエス・キリストによる神の恩寵が炎のように燃え上がったという「火の夜の体験」は語ることができない。時間がない。それが人間の厳粛な事実なのです。しかしだからこそ、生かされている時間を大切に生きる。この一日、この学園生活、そしてこの人生、死に向かうまでも、懸命に生きる。

最後に一言だけ、パスカルの言葉です。パスカルの言葉に、「呻きつつ求める」(L405)というのがあります。苦しい、辛い、痛むのです。でも、神様が与えてくれる光を、復活の光を仰ぎ望みながら、前を向いて、生きる。

すでに語る時間は残されてはおりません。それが人生です。確かに人生は切ないけれども、素晴らしい、生きるに価すると思う。終わりましょう。

お立ちください。祈りを捧げましょう。私たちが、神様より与えられたそれぞれの時間を、懸命に歩むことができますように、主の祈りを祈りましょう。

「天におられる私たちの父よ・・・
み名が聖とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を今日も お与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、
悪からお救いください。アーメン」
「聖マリア・・・私たちのためにお祈りください」。