放送朝礼 8月31日

おはようございます。本日の宗教朝礼はミドルステージのKが担当します。

私が、カトリック信者になったのは23歳の時。これは様々な奇跡的なことが起こったからであって、初めは全くなろうとは思っていませんでした。皆さんは知らないかもしれませんが、信者になるにはたくさん勉強せねばならず、私の場合は、大分市の教会で神父様と週に一回勉強会をして、一年後にタイミングが来たので信者になりました。信者になるときは洗礼という儀式があるのですが、聖書にあるように水で罪を洗い流します。

それから私は12年後、洗礼した信者が固く信仰を守る覚悟を持つために、堅信式というものに授かりました。これは、洗礼式のあと早い段階で行うこともあるのですが、私はなぜか長引いてしまい、洗礼式から遠く離れたここ草薙の地で行うことになりました。ここでも勉強が必要で、私は前理事長である福塚先生に教えていただきました。さすが元社会科の先生ということもあってとても面白く、聞き入っていましたが、となりでうつらうつらと寝てしまうおじいさんがいました。この方は歩くのもおぼつかない、齢も80を超えているのではないかという方でした。

私は不思議でした。なぜこのお年で、お一人で、洗礼と堅信式を受けられようと思っているのでしょうか?この年で宗教を変えようと思うのはなかなか大変なことだと思います。その答えは、堅信式の後に分かりました。一人一人のあいさつの時、その方が涙を流しておっしゃったのです。「数年前に亡くなった妻が、いつもいつも教会の方にお世話になりました。」

この話で、私が皆さんにお伝えしたいことは何か。これだけAIが進み、情報が発展し、人間関係が希薄になっても、絶対に人間の未来は愛であふれているということです。人間同士の愛は失われることはないのです。みなさんの多くは気づいたはずです。ネット授業の方が効率的で、勉強も作業もはかどるかもしれません。しかし、やはりいつもめんどくさかった学校で人と触れ合い、一人では感じない喜びを知ったのではないでしょうか?もし、それでも効率を選ぶという人も、このご老人がとても非効率であっても否定だけはしないでください。本当に弱った脚で、ゆっくりゆっくり毎週教会に来て、生きてもいない妻のために祈るという非効率的なこと。

私は好きです。皆さんはどうですか?

そしてもう一つ、あなたの大切な人がなくなっても、あなたがそれを思うなら、必ず愛はつながります。この話が、なんとも臭くて聞いていられなかった人、きっと大切な人がいなくなったことがないのでしょう。でももし、そのような時が来たら、その大切な人のために祈ってください。そんな非効率なことをした、未来の君が私は好きです。