宗教朝礼 2月8日

先日、教育界に大きなニュースが流れました。中央教育審議会が、『「令和の日本型学校教育」の構築を目指して』という答申を出したのです。この答申には、サブタイトルがあります。「全ての子どもたちの可能性を引き出す個別最適な学びと、協働的な学びの実現」です。これを聞いて、皆さんどう感じますか?可能性を引き出す個別最適な学びなんて聞くと、ちょっとワクワクしませんか?世の中の変化はあまりに速く、その一方で課題は山積み、先行きも不透明です。これからの時代を創っていく若者たちが、今までと同じような学び方では立ち行かないという危機感の中で、今回「令和の日本型教育」が打ち出された訳です。私もざっと目を通しましたが、すごくよくまとまっていると思いました。その基本的な考え方は、「これまでの実践とICTとを適切に組み合わせて、誰一人取り残さずに、教育の質の向上と課題解決につなげよう」ということです。「誰一人取り残さない」(leave no one behind)という言葉は、皆さんもよく知っているSDGsの中でも謳われていますよね。誰一人取り残さず、全ての人の可能性を引き出す学びが実現したらどんなに素晴らしいことでしょう。

ICTの導入は別ですが、「誰一人取り残さない」という強い思いをもって教育改革を進めた人がいました。ドン・ボスコです。「社会から見捨てられた子どもたちを、どうすれば、よりよい人間へと導けるか?」これが19世紀イタリアの格差社会が広がる状況下で、ドン・ボスコが発した切実な問いでした。そこで見出した有効な教育方法が共にいる教育<アシステンツァ>だったのです。見捨てられた若者に自ら近づき、彼らの好きなことに加わり、友達になりました。自分なんて存在する価値がないと自暴自棄になっていた子どもたちは、ドン・ボスコと出会い、衝撃を受けます。一見愚かに見えるくらい、無条件に私を受け入れてくれたドン・ボスコ。こんな教師に、未だかつて出会ったことがなかった子どもたちは、無条件で信じられ、愛されるだけで、どれほど生きる力が湧いてくるかを実感したのです。このような子どもたちが徐々に集まり、祈り、遊び、学ぶ場としてのオラトリオが作られ、現在、全世界に広がるサレジオの学校の原点となりました。

「誰一人取り残さない」というキャッチフレーズは非常に素晴らしいですが、その実現は容易ではありません。でも、もしも、私たちが誰かに信じてもらい、救われた体験があれば、それがベースになって誰かのために自分を用いることができるのではないでしょうか。そんな体験を想い起こすこと、それが「誰一人取り残さない」世界への小さな一歩です。今日もぜひ、ドン・ボスコの心で歩んでいけますように。小さなことに大きな愛を込め、誰かのために生きる勇気をお与えください。